仕事柄、私は着ていく服をそれほどしっかりと分けられないのが実情です。撮影現場をこなした後に、クライアントと打ち合わせをして、その後に会食などというスケジュールは日常茶飯事。その分、バッグに会食のためのアクセサリーを忍ばせたりして、いつもその場に合う「雰囲気」を心がけています。TPOを意識するのは、大人の女性の身だしなみというものです。「クローゼットの中はいっぱいなのに、なぜかいつも、今日着ていく服
TPOを意識するのは、大人としての美学です... の続きを読む
日本には、思いやりを形にする素晴らしい風習があります。お歳暮と、お中元。普段お世話になっている方のことを思い、贈り物を届ける・・・。なかなか口に出して云えない感謝の気持ちを伝える、なんとも奥ゆかしい風習ですよね。ですが、最近はサラリーマンの出世のゴマスリみたいなところもあって、贈る人も、また贈られる人も、やっぱり本来の意味で心を通わせて欲しいものですよね。さて、そんなお中元でありますが、時には戴い
お中元で戴いたビールが、そのまま・・・汗... の続きを読む
新郎新婦をよく知っていて、しきり上手、盛り上げ上手、責任感があって機転のきく友人がいたら、それはもう司会の適任者。素人でもそれが逆に新鮮で、身内ならではの温かい雰囲気を作り出してくれます。しかし、これだけの大役を務めるとなると、本人にとってはプレッシャーがかかるもの。緊張して食事がのどを通らなかったり、気持ちを静めるつもりのお酒を飲み過ぎてしまったり、ちょっと可哀想なケースが多々あります。そのほか
友人司会は段取りを完璧に... の続きを読む
デザイナーのレベルでの交流を反映し、その後も日本文化をモチーフとした商品が次々と生み出されていった。茶道具入れのような通好みのものや、2003年には「ユカタ」という名のシンプルな部屋着など、近年では我々日本人が違和感なく使用できるものも少なくない。デザインの背景となる日本文化への理解も、年々高まっているようである。1991年に登場したスカーフ「日光」が1995年に再登場しているが、これは日光東照宮
通好みのセンス... の続きを読む
田舎の大学をバカにしているわけではありません。田舎の大学は、コンプレックスで生きているわけです。学生だけでなく、教師もそうです。例えば、静岡大学の教師は、東大にいつ帰れるか、しか考えていない。日はいつも、箱根の向こうを向いている。いつ、東大から帰還の声がかかるか、って。静岡の中に身も心も置いている人は稀です。非常勤講師でも東大に行きたい。忙しいのも何のそのです。でも、大切なのは、自分が身を置いたと
田舎の大学... の続きを読む
下着やアイドルビデオ、健康・滋養食品など、商材によっては商品内容を分からないようにする梱包・包装の工夫も必要になってきます。「Fショップ」は大きなサイズの女性服を扱うこともあって、梱包は目立たない宅配便メーカーのものを使い、店名も強調していません。ネットショップではありませんが、書店に並ぶ女性誌ではカバー裏にダイエット広告があるだけで購入を手控える読者も多いといいます。また店員が雑誌の表紙を下向け
商品を連想させない梱包、逆に一目で中身がわかる包装... の続きを読む
はじめはぎこちなかった席もしだいに雰囲気がやわらいできたら、仲介者は気をきかせて「どうです。ひとつ結婚生活などについての意見を二人で話し合ってみては」と一対一で話し合う機会を作るのもひとつの方法です。喫茶店の場合には別のテーブルへ行ってもよいし、また、二人だけでそのあたりを散歩させてもよいでしょう。はじめての男女を二人きりにするのを心配する親もいますか、それほど信用できない相手と見合いさせることじ
二人だけで話し合う時間を... の続きを読む
「ガブリエック(仮名)は今日は何を着てくるかしら」私はスタッフのひとりにささやいた。雑誌の特集ページを作るためフィレンツェに来て二週間が過ぎていた。着いてすぐ、この街のいろいろな情報を得るために訪れた老舗といわれる宝飾店「コッピーニ」で、店のマダムであるガブリエック(仮名)を知ったのだった。彼女は日に焼けたテラコッタ色の肌に、ゴールドやダイヤモンドのよく似合うゴージャスな女性だった。この小さな街で
濃いピンク色のタイトなワンピース... の続きを読む
プロレタリア文学運動の理論家として知られる、推理作家・文芸評論家。明治二十五年、弥栄町黒部に生まれた平林初之輔は、その後、早稲田大学文学部に入学し、英文学やフランス語を学びました。大学卒業後は新聞社に就職して文芸時評欄を担当するとともに、ユゴーなどフランスの小説の翻訳に従事。退社後は博文館の代表的雑誌「太陽」の編集主幹、プロレタリア文学理論の構築に力を注ぎ、その先駆者として大きな役割を果たします。
平林初之輔(京丹後市弥栄町生まれ)... の続きを読む