結婚しても女性が働きつづける。子どもをもっても仕事を続ける。現在ではほとんど当たり前のように感じられる生き方の選択肢だが、少し前までは、とんでもないことであったのを覚えていらっしゃる方がどれくらいいるだろう。男女雇用機会均等法ができてから一五年余りだが、私か大学を卒業し、大学に勤務しながら民間の病院に週に一回アルバイトに出かけた頃(今から二五年ほど前)、病院の医長に言われたことが忘れられない。「女房を働かせるなんて男として甲斐性がない」私はその時ひどく驚いたが、世間の「働く人妻」に対する見方はおおむねそんなものだったのは事実である。ということは、それまでは、「女性は結婚したら家庭に入って専業主婦になる。女性は結婚するものである。ある年齢がきたら」という社会通念が女性の生き方の主要な選択肢なのであった。ここには迷う余地がない。オールナッシングで結婚するか否かという二つの道しかないのである。そして否となると周囲から、「売れ残り」といわれ、「どこか問題があるのでは」と疑惑を抱かれる。したがって本人も家族も、なるべく早く結婚して身のおきどころを決めて、片づかなくては、と結婚したのである。現在は選択肢は拡がった。しかも急速に。メニューが一つしかなければ、あるいはコースの料理がいくつかしかなければ、何を食べるかは簡単に決まる。しかし、メニューが多く、アラカルトで食事をするとなるとメニューを決めるのには、時間がかかる。ましてその時の自分の胃の具合や、ワインや食前酒とのかかわりなどを考えると簡単には決められない。現在の状況は、そんな状態とよく似ている。A子さんは、三一歳、独身。結婚したくないというわけではないし、恋人もいたけれど、「なんとなく三〇歳になっちゃった」という。四大卒後(とくに何か勉強しようとしたわけではない)、何の疑問ももたず会社勤めを三年間したが、あまり面白くないし、自分にぴったりというわけではなかったそうだ。その後、アメリカにでも行こうかな、と両親に一年間とたのんで語学留学。帰ってきてからも、とくに何をやりたいわけじゃなく、と家にいるが、高校時代の友人が次々と結婚すると、とり残された気分になってしまったという。家にいるのも弟の手前カッコがつかないので自営業の家の経理を手伝ってみたが、これも面白くない。セレクトショップをやってみたいから、と知人の店でアルバイトしてみても、朝おきるのがつらくてやめてしまった。そのうち気持ちがどんどんおちこんで、友人や恋人と会うのも面倒になってしまい、電車に乗ると心臓がドキドキしてパニックをおこすようになってしまったのである。A子さんに、「どうやって生きて何をしてみたい?」「できるできないは別としてどういうのが自分の生活の理想像?」と質問してみた。しかし、A子さんには、自分が何をしていいかわからない、何をしたいかわからない、という生き方の選択肢が拡がっていると、自分の意志を明確にしないと生き方の決定ができないのだ。A子さんは、自分で生き方を決定するトレーニングをしないまま成長してしまった。みんなが行くから大学へ行き、みんながするから就職もした。カッコいいから留学もしてアルバイトもした。でも自分がどうしていいかわからない。常にみんなや、家族の決定を優先してきたので、自分の意志がわからなくなってしまったのである。パニックやうつの症状は、そんな「自分が何をして生きていいかわからない」という深い悩みをまぎらわすためにおきた症状なのである。みんなが結婚するから結婚したほうがいいかも、とは思うが、子育てなんて自信がないし、自分は体が弱いから子どもを産む自信もないという。かといってA子さんは大きい病気をしたことがあるわけではないのだ。
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